晴れ、気温が上がる。
連休が終わった次の日曜日。思ったより人が少ない。いつも待たされる鎖場でも待つことなく降りれた。相模湾も見え、楽しい山行であった。
丹沢表尾根 at EveryTrail
2014年5月4日日曜日
2014年4月27日日曜日
陣馬山
晴れ
天気は良く、気温が上がる。
小仏峠行きのバスで、終点で降りる。陣馬行きのバスの人数ったら、すごかったが、このバスも臨時がでた。座ることはできない。桜子が乗り物酔いでしばらく、バス停で休む。20分ほど休んで、それから登り始める。景信山への登り口まで車道を歩く。登り口は、小仏トンネルの上を歩く形で、針葉樹の中を登る。いい加減登ると右手への道とであい、ベンチのあるところを過ぎると、広葉樹の中を登る。すぐに景信山に着く。残念ながら、はっきりと景色は見れなかった。茶屋で休み、カップヌードルを作る。団体客が餅をつき始める。小屋に頼むと用意してくれるのだろう。
尾根をアップダウンしながら小一時間ほど行くと明王峠である。今回は、小屋があいていて、天ぷらを売っていた。桜がまだ咲いていて、桜の花びらが落ちてくる。しばらく休んだ後、陣馬山を目指す。思ったより近くて、小屋で、かき氷を頼む。頂上で鯉のぼりがかけられていた。29日は、催しがあるとあった。陣馬山からは、和田峠へおりた。30分ほどである。峠でサイクリストが休んでいた。陣馬山口へ行く途中、何台も登るのを断念しているサイクリストにあった。斜度があって、登れないのだな。陣馬山口で臨時バスが出て、4時30分には家に着けた。
天気は良く、気温が上がる。
尾根をアップダウンしながら小一時間ほど行くと明王峠である。今回は、小屋があいていて、天ぷらを売っていた。桜がまだ咲いていて、桜の花びらが落ちてくる。しばらく休んだ後、陣馬山を目指す。思ったより近くて、小屋で、かき氷を頼む。頂上で鯉のぼりがかけられていた。29日は、催しがあるとあった。陣馬山からは、和田峠へおりた。30分ほどである。峠でサイクリストが休んでいた。陣馬山口へ行く途中、何台も登るのを断念しているサイクリストにあった。斜度があって、登れないのだな。陣馬山口で臨時バスが出て、4時30分には家に着けた。
2014年4月19日土曜日
N響定期 第1779回
指揮は、ネーメ・ヤルヴィ。グリーグ、ペールギュント組曲第一番、統制の取れた素晴らしい演奏。スヴェンセン、交響曲第二番、よくわからない、聴衆の反応も今ひとつであった。単に聞き手の受容のなさからなのか。休憩の後、シベリウス、交響曲第二番。最後にブラボー、しかし、聴衆がなあ。
2014年4月18日金曜日
BCJ 定期107回
マタイ受難曲
早く仕事場を出たのだが、電車が遅延していて、新国に着いたのが、15分前であった。急いで食事をして、なんとか間に合った。ロビーは、人でいっぱい。レクイエムの時より人が多い。ほぼ満席であった。
今日は、4月18日、金曜受難日で、BCJの公演はバッハ、マタイ受難曲であった。これに至るまで、BCJは、ヨハネ受難曲、マタイ受難曲を、ヨーロッパ、アメリカと演奏して、そして、日本に戻ってきて、今日がその最後のツアーとなる。
今回は、オケが二つ左右に置かれ、それぞれにソリストが配置されている。エヴァンゲリストは、ゲルト・ティルクである。ソプラノ、アルト、バスは、それぞれ二人で、テノールが一人という組み合わせである。印象に残ったのは、ハンナ・モリソン、ソプラノ、非常に澄み切った声、櫻田亮、テノール、ペーター・コーイ、バスであった。
ずいぶん昔に、ライプチッヒ・ゲバントハウスのマタイ受難曲を聴いたことがあるが、ほとんど忘れている。モダン楽器で演奏されたと思う。ペーター・シュライヤーがエヴァンゲリストを歌ったのではと思うが、自信はない。今回は、初めて、演奏スタイルが二つのオケからなっているのに気がつく。これが、バッハが、イエスの受難を目撃した「シオンの娘」と聴き手の同時代人である「信じるものたち」との間の会話からなるよう作曲したからだという。
早く仕事場を出たのだが、電車が遅延していて、新国に着いたのが、15分前であった。急いで食事をして、なんとか間に合った。ロビーは、人でいっぱい。レクイエムの時より人が多い。ほぼ満席であった。
今日は、4月18日、金曜受難日で、BCJの公演はバッハ、マタイ受難曲であった。これに至るまで、BCJは、ヨハネ受難曲、マタイ受難曲を、ヨーロッパ、アメリカと演奏して、そして、日本に戻ってきて、今日がその最後のツアーとなる。
今回は、オケが二つ左右に置かれ、それぞれにソリストが配置されている。エヴァンゲリストは、ゲルト・ティルクである。ソプラノ、アルト、バスは、それぞれ二人で、テノールが一人という組み合わせである。印象に残ったのは、ハンナ・モリソン、ソプラノ、非常に澄み切った声、櫻田亮、テノール、ペーター・コーイ、バスであった。
ずいぶん昔に、ライプチッヒ・ゲバントハウスのマタイ受難曲を聴いたことがあるが、ほとんど忘れている。モダン楽器で演奏されたと思う。ペーター・シュライヤーがエヴァンゲリストを歌ったのではと思うが、自信はない。今回は、初めて、演奏スタイルが二つのオケからなっているのに気がつく。これが、バッハが、イエスの受難を目撃した「シオンの娘」と聴き手の同時代人である「信じるものたち」との間の会話からなるよう作曲したからだという。
2014年4月6日日曜日
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