8月25日曇り〜8月26日晴れ
立川であずさ3号に乗る。自由席は満員で、八王子まで席は空かなかった。8月の初旬の時は、座れたのだが、下旬の方が仕事で乗る人が多いかもしれない。
白馬に11:35に着く。駅前に降りると懐かしい。以前は、よくスキーで白馬に来ていて、駅前はあまり変わっていない感じがした。駅前のバスにのって、八方のバスステーションまで行く。5分足らずで、そこからゴンドラ乗り場までは歩いて行く。8月の終わりだろうか、あまり観光客はいなく、閑散としていた。ゴンドラとリフトを乗り継いで、八方池山荘まで行く。観光客はいて、賑わっている。尾根を見ると八方池まで歩く観光客の列が見れた。少し休んで、歩き始めた。今回はテント泊と決めていたので、荷物は重いが、ザックが小さいのか、あまり荷物が入らない。カメラは、コンタックスとG9であった。
時々霧が出て、視界がみえない。八方池には50分ほどで着いた。荷物の割には、良いペースであった。八方池の方に道が続いて、子供連れの観光客が歩いてた。ここまでなら、子供連れでも良いかなと思った。
ここからさきは、稜線を歩いて行く。ほとんど急な坂はない。途中、一人登山者をおいこしたが、それ以外、下りのパティーが何組か出会っただけであった。唐松岳頂上小屋の近くになって、尾根へ行く道がでてくるが、冬期用の道でいけなくはないのだろうが、行くなと印がある。尾根を巻きながら進む。何カ所か崩壊箇所があって、落石注意とあって、いそいで行く。いくつかピークらしきものを越えて、尾根にでると右側に小屋があった。
ガスっていて、風が吹いて寒かった。小屋で手続きを済ませて、テント場に向かう。小屋は、工事しており、ブルドーザーが道を造っていて、テント場へ行く道がわかりづらい。下の方に行く道をたどって行く。テント場は、棚田のようになっていて、小屋に近いところに、二張りあって、そこのところにテントを張る。あとで、大学生のパティーが下にテントを張ったので、4張りしかなかった。
テントを張り終えて、休憩して唐松岳へ向かう。途中、降りてくる人はいたが、結局、頂上には誰もいなかった。ガスっていて、視界が悪かった。テントに戻って、食事を作り始めていると、次第にガスがなくなって、視界が開けてきた。月が出ていて、ちょうど五竜の横に見えた。夜、浅い眠りを繰り返しながら眠る。3時くらいに、となりのテントで起きる音がしてからは、眠れなかった。
4時半に起き、食事を作る。快晴であった。剣が朝日を受けてうっすらピンク色に染まるのが見えた。唐松岳へ行く尾根まで出てみると、雲海が見えた。雲海を見るのも何年ぶりだろうか、泊まらなければやはり見られない。テントをたたんだのだが、水分を含んでいて重たくなった。隣のテントでは、霜が降りていると言っていた。
小屋の前までザックを持って行く。写真をひとしき撮った後、五竜に向かおうとしたとき、小屋から病人らしき人がヘリコプターを待つため運び出された。
すぐに岩稜の登りになる。ザックが重いので慎重に歩く。鎖のついたところをトラバースする。快晴でガスもなく、谷底まで見える。とても怖い。自分が高所恐怖症であることを思い出した。なんどか、鎖場を行くが、五竜から来る人もいて、正直、途中でであったらどちらかがもどるしかないなあと思った。岩稜を過ぎると尾根道になるが、五竜、剣を見ながら歩く。途中、鞍部に降りて、それから登り返すと五竜が大きな山塊となる。ゆっくりと登っていくと、遠見尾根を示す標示のある分岐に着いた。下に五竜小屋が見えて、降りていく。五竜小屋の前で休んでいると、チャリンと音がした。小屋の屋根で布団を干していた女の子が、それ私のですと言って、降りてきた。探すのだが見つからない。あきらめきれずしばらく探していた。
大休止をした後、カメラとGPSをもって五竜に向かう。地図から見るとたいした距離ではないようだが、歩いてみると頂上付近になって、鎖場を何度か越えて、さらに鎖はないが岩の間を登るところがあって、時間がかかる。コースタイムより10分ほど早く、頂上に着く。10:30であった。遠くに鹿島槍ヶ岳が見えた。記念写真を撮ってもらい、5分足らずで下る。下りは思ったより、危ない感じはしかった。
小屋で少し休んで、分岐まで戻る。分岐から登ってしばらく行くと、白岳に着いた。それから、西遠見までかなり下っていく。途中、遠見尾根を登ってきたパーティーに何組も出あう。聞いてみると7時くらいにゴンドラに乗って登ってきたと言っていた。遠見尾根は、八方と同じようにゴンドラがあるので、登りやすいのだろうか。大遠見をすぎて、しばらく行くと登りになるいい加減登ったところが中遠見で、そこからまた下りとなる。小遠見をすぎて、地蔵の頭に15:00に着いた。リフトの下を15分ほど歩き、アルプス平に着いた。ゴンドラで降りていくとき、下の方でスキーをして、池に飛び込むのが見えた。山麓駅にタクシー止まっていたので、神代までタクシーで行った。帰り、松本まで大糸線で行って、あずさに乗り換え帰った。
タイム
25日
白馬 11:35
八方 11:40
八方池山荘 12:50
八方池 13:40
唐松岳頂上小屋 15:45
26日
唐松岳テント場 6:35
白岳 9:13
五竜小屋 9:17-35
五竜岳 10:30-35
五竜小屋 11:20-30
白岳 12:00
西遠見 12:50
大遠見山 13:15
小遠見山 14:15
地蔵の頭 15:00
アルプス平駅 15:15
2009年7月22日水曜日
ウラジオストック(4)


7月19日(日)曇り
朝、薄日が差したが、結局は、曇りとなった。晴れたら、道路が混むから、11時に迎えにくると言っていたので、ホテルには11時には戻る。
道路は、それほど渋滞もせず、空港には、12時前には着いた。出発便が14時であったのでずいぶん待つことになった。その間、国内線のロビーに行ってみる。ここで食事をするればよかったのだが、荷物が気になって国際線と言っても、狭い場所でしばし待つ。高校生と思われる集団が30人ほどいた。手続きを済ませて、待合ロビーに行く。そこで売られているものは、倍以上したのでないかと思う。何も買わずにひたすら待つ。
飛行機は定刻通りに離陸し、上昇が終わるとすぐに食事が出て、食事が終わると着陸態勢に入った。新潟空港に飛行機が着陸したとき、高校生の集団から歓声が上がっていた。どこでも同じだ。
新潟空港で、お土産に笹団子と魚の粕漬けを買って帰る。日本は、蒸し暑かった。新潟で新幹線に乗り、車窓の人となる。乗り換えて、家の近くに来たとき、電車から虹を見た。きれいな虹であった。
2009年7月21日火曜日
ウラジオストック(3)



7月18日(土)小雨
朝から、小雨が降っていて肌寒い。特に見るところがないので、水族館に行ってみる。
水族館は、小さなもので、特にこれといものではない。朝で、雨と言うこともあり、水族館には人が少なかった。家族連れが少しで、なにやら話しているがわからない。魚を見ても、これはチョウザメかというくらいで、書かれているものが読めないのでどうしもうない。水族館を出て、アムール湾に面した埠頭に行ってみる。魚を釣っている人がいて、そこでぼんやりしていると、ビデオカメラを持った東洋人が3人やってきて、撮り始めた。わりと大胆に撮っているので大丈夫かなと思ったのだが、その一人が、韓国語で話しかけてきたので、英語で返事をした。日本人だとわかると、そのうちの一人が、日本語で話しかけてきた。彼の奥さんが、日本人で、日本語を話せるけど、英語はだめで、ウラジオストックに来たのは、テレビの取材で、韓国人にとってウラジオストックは特別の地だという。三日前に来たときは、天気も良かったが、帰る当時に天気が悪いのは残念であると言った。三人が去った後もしばらくぼんやりとして釣りをしているのを見ていたが、また、鷲の巣展望台に向かう。
鷲巣の展望台で写真を撮っていると、デジカメを持った高校生の思われる女の子と母親連れが来たので、写真を撮ってもらった。やはり、英語は通じなかった。
夕方、朝行った埠頭に行ってみた。ぼんやりみていると、迷彩服を着た男の人が、つりを始めた。魚が釣れ、ヘルプミーと言ってカメラを取り出したのである。最初なんだかわからなかったが、写真を撮ってくれと言うことで、魚と一緒に写真を撮ってあげた。その時釣った魚が一番大きかった。ベラルーシから来ていて、ウラジオストックは初めてでと言うことであった。服装からすると、軍人のようだったが、気になるのは、釣った魚どうなるのだろうかと言うことである。初めて来た場所で、魚を料理することはできるのだろうか。
8時近かったので、ホテルに帰る。海岸沿いの道があって、土曜日と言うことか、若者の集団が見られる一方で、軍人の集団が警戒にあたっていた。こぜりあいがあるのだろうか。
ホテルに戻って、中国人に声をかけられた。中国語がわからないので、英語で答えたが、どうも怪しい女性を紹介するというものであった。しかし、今回、中国人や韓国人の観光客をたくさん見た。日本から行くより、ウラジオストックは中国人や韓国人にとって近いのだ。ヨーロッパの都市と言えば言えるから、旅行の場所となるのであろう。
夜、ホテルのレストランでパーティーが開かれていた。レストランで食事をしょうと思っていたが、残念ながらできなかった。夜更けまで、ディスコミュージックが聞こえた。
2009年7月20日月曜日
ウラジオストック(2)



7月17日(金)曇り
今日は、昨日と違って、天気が良くない。時たま、小雨が降る。
とりあえず、駅に向かって歩く。お金を換えなければいけないのだ。駅前は、通りになっており、その前に広場がある。レーニン像があり、その下で様々なものを売っている。肉、チーズ、パン、お菓子、スーパーより安いのだろう。そこをしばらく見て、駅から連絡通路を通り、中央広場に向かう。中央広場では、さまざまなものを売りに来ている。ここですべてがまかなえる。驚いたのは、車に日本語が書かれているのだ。中古の車が輸入され、使われているのだ。そこをしばらく見て、鷲の巣展望台に向かう。
途中、潜水艦C-65博物館、中に入らなかったけどね、アンドレイ教会を見る。教会で、ロシア語で書かれているので、まったくわからないのだが、絵から見るとキリストの誕生についての冊子を見ていると、そこのおばさんがロシア語で持って行って良いと言うので、何部かもらった。
今回、ロシア語がまったくわからなくて、文字を読めないで、推測もできない。英語は通じないし、ほとんど身ぶりだけで、なんとか過ごした。英語が、国際語なんて、誰が言っているのだろうか、まったく、通じなかった。
鷲の巣展望台は、高台にあって、ウラジオストックの金角湾を見渡せる。そこでぶらぶらしていると、結婚式をあげたばかりのカップルが、友人や親戚と一緒に来て、写真を撮っている。それも何組も来ては写真をとる。見ていると、カップルは様々で、一様に言えるのは、若いと言うことだ。日本じゃ、なかなか若いカップルというのは、見かけないなあ。
鷲の巣展望台から、ケーブルカーを使って下に降りる。いくらかわからないので、とりあえず、札を渡すと、おつりをくれた。0.50pで思ったより安い。
そのまま、国立極東技術大学の通りを歩いて、駅広場にいった。途中、パンや飲み物を売っている所によって、食事をする。やはり、身ぶりでなんとか買う。少し休んだ後で、駅に向かう。市場は開かれていて、賑わっていた。途中、買ったリンゴを見たら、アメリカからの輸入だった。
ウラジオストック(1)



7月16日
新潟から、ウラジオストックに行ってみた。
朝、いつもより早く起きて電車にのる。新潟まで行かねばならないのだが、最近JRはよく止まるので、旅行社の指示の電車に乗ることにして、早めに行く。東京行きに乗ったつもりだったが、どういうわけがでない。ずっと本を読んでいて、時たま表示を見るが、おかしいと思いながら、のっていたのだ。ふと気がつくと、乗っている電車は、東京行きでない、乗り換えする必要があった。あわてて、東京行きに乗り換えた。
次の東京行きは、乗るはずの電車だった。無事、大宮まで行き、新幹線に乗れた。二階建てのトキではあるが、いつも思うのは、車内販売がカートでできなくて、持ち運びなのだ。自由席であったが、高崎をすぎるとすいていく。一人で、ぼんやり景色をながめながら、新潟に着いた。
空港までは、バスで行く。一時間足らずで着く。時間が止まっているような町中を通っていく。途中、子猫あげますと張り紙のある小鳥屋を見かけた。小鳥屋で猫という取り合わせも、不思議な感じがした。
新潟空港は、近代的な空港で、ロビーはきれいである。ウラジオストック航空の窓口がないので、案内に聞くと、もうすぐ出国手続きが始まるというので、しばし待つ。ロシア人と思われる人がいろいろ荷物を持って集まってくる。
ウラジオストック航空の飛行機は、エアバスで、アエロフロートのソ連製の飛行機とずいぶん変わったと思うのだが、この航空会社は、ウラジオストックを起点として、主に、中距離の国際線を運営している。新潟を発って、二時間ほどでウラジオストックに着く。国際線なので食事が出るが、食事が出てあっという間に、着陸態勢に入る。沖縄の方が遠いのだけれどね。
ウラジオストック空港の入国にはずいぶん時間がかかった。もともと国際線というよりは、国内線の空港なので、到着便が少ないので、係の者が少ないようなのだ。時差は、二時間であって、空港を出たときは、6時を過ぎていた。ホテルまでは、車による送迎を頼んであったので、ホテルに着いたのは7時を過ぎていた。
ホテルに着いて驚いたのは、中国人の団体旅行客がたくさんロビーにいて、中国語がとびかっていたのである。なんとか、部屋に行って、しばらく休憩して、散策に出かけた。ホテルの前は、海に面していて、海沿いの道を歩いて行くと、有料の海水浴場がある。天気が良かったせいか、若者が多数、集まっていた。
港の方に歩いていると、シベリア鉄道の発着駅がある。すでに、時間も遅かったせいか、人影はなく、駅構内もほとんど人がいなかった。
ホテルに戻って、寝ようとしたが、クーラーがなく、下からディスコ音楽が聞こえ、うるさかった。
2009年7月15日水曜日
八ヶ岳



11,12日八ヶ岳に行く。
天気は、思ったほど悪くはなく、雨に降られることもなかった。行者小屋にテント泊。朝、6時に出て、地蔵の頭を目指す。ツアーできている老人グループがいて、かなりの人数であった。時期的なのだろうか、いろいろな花が見られた。硫黄岳の付近で黄色のコマクサも見た。珍しいのだろうか。
八ヶ岳は風が強く、今回も、風に吹かれて頭が痛くなった。結局、美濃戸口に戻ったときには、頭痛は収まった。たぶん、汗で体が冷えて、頭が痛くなったのであろう。体力がないのだな。家に帰ったのが6時30分くらいであった。その後、選挙に行った。
タイム
12日
行者小屋 6.05
地蔵の頭 6.57
赤岳 7.49
地蔵の頭 8.20
三叉峰 9.09
硫黄岳山荘 10.16
硫黄岳 10.41
赤岳鉱泉小屋 11.50
12.25
美濃戸山荘 1.31
美濃戸口 2.18
2009年6月28日日曜日
高尾山
曇り
子供と一緒に高尾山に登る。六ツ石山に登ろうと思ったのだが、子供が行きたいというので、急遽変更して高尾山に行った。登ったのは6号路で、途中、掲示板があり、自然観察ができるようになっている。むかし、子供の科学教室があって、たぶん、科学振興の一環だと思うが、参加したことがある。たぶん、土曜日に何回か連続してあったのだろう。小学生で高学年ではあったが、一人で高尾まで行っていた。
子供は、小学2年生であったが、思った以上に歩いた。途中、2回ほど休んで、頂上近くのベンチで休んでいたとき、おばさんによく登ったわねえとほめられていた。
頂上で、食事をして、三角点を踏んで、下山した。4号路を通って、途中吊り橋を渡った。小学生の大集団が登っていた。リフトで降りたいというので、リフトに乗ったが、下に着くまで10分以上かかっただろうか。登りはそんなに感じなかったが、子供にとっては結構な登りではないか。リフトで降りるときにわかった。

ケーブルカー乗り場を過ぎて、駅へ向かう途中、昔寄ったことのあるそばやがあった。何十年もたっているが、なんとかやっているのだろうか。きれいになっていた。ケーブルカー乗り場に向かう人出を見ると、高尾山そのものが人気のある場所になっていて、食べ物屋からお土産屋まで潤っているのがわかる。
立川に寄って、細々としたことをして、家に帰った。先週の山の疲れもあったかもしれないのだが、家で、眠たくなって昼寝をした。高尾山もそれなりに良いとわかった。
タイム
8:00 高尾山口
9:20 頂上
9:40
4号路・リフト
10:40 高尾山口
子供と一緒に高尾山に登る。六ツ石山に登ろうと思ったのだが、子供が行きたいというので、急遽変更して高尾山に行った。登ったのは6号路で、途中、掲示板があり、自然観察ができるようになっている。むかし、子供の科学教室があって、たぶん、科学振興の一環だと思うが、参加したことがある。たぶん、土曜日に何回か連続してあったのだろう。小学生で高学年ではあったが、一人で高尾まで行っていた。
子供は、小学2年生であったが、思った以上に歩いた。途中、2回ほど休んで、頂上近くのベンチで休んでいたとき、おばさんによく登ったわねえとほめられていた。
頂上で、食事をして、三角点を踏んで、下山した。4号路を通って、途中吊り橋を渡った。小学生の大集団が登っていた。リフトで降りたいというので、リフトに乗ったが、下に着くまで10分以上かかっただろうか。登りはそんなに感じなかったが、子供にとっては結構な登りではないか。リフトで降りるときにわかった。

ケーブルカー乗り場を過ぎて、駅へ向かう途中、昔寄ったことのあるそばやがあった。何十年もたっているが、なんとかやっているのだろうか。きれいになっていた。ケーブルカー乗り場に向かう人出を見ると、高尾山そのものが人気のある場所になっていて、食べ物屋からお土産屋まで潤っているのがわかる。
立川に寄って、細々としたことをして、家に帰った。先週の山の疲れもあったかもしれないのだが、家で、眠たくなって昼寝をした。高尾山もそれなりに良いとわかった。
タイム
8:00 高尾山口
9:20 頂上
9:40
4号路・リフト
10:40 高尾山口
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